1 原生生物の扱い方
4)培養方法
原生生物の培養法には,滅菌処理をしない簡便な方法と,有菌・無菌を問わず培養液を滅菌した上で用いる方法とがある。前者は,手軽に培養が始められるので利点だが,野外にある雑菌をそのまま持ち込むため,培養が不安定になる恐れがある。また,大量培養には向いていない。(大量培養するためには富栄養条件が要求されるが,そのためには雑菌などをできるかぎり排除する必要があるため。)a. 簡便な培養法
簡便な培養法を以下に示すが,当然ながら,これら以外にも色々ある。各々は対象となる原生生物の種類によって適する場合とそうでない場合がある。簡便な方法というだけあっていずれも身近にある素材を栄養源として用いている。ただ時代とともに「身近な」ものは変化する。以前はゾウリムシなどの簡易培養法としては稲(もしくは麦)藁を用いる方法が紹介されていたが,現在は入手しずらくなった上,元来一年を通じて入手が可能なものではないので,あまり簡便な方法とはいえなくなった。b. 滅菌処理が必要な培養法
米粒(もしくは麦粒)による培養
もっとも手軽な方法といえる。シャーレなどに適当な塩溶液を入れ,これに米粒(あるいは麦粒)を数個入れる。そして,この中に原生生物を入れて飼育する。バクテリアが餌の場合は米粒を入れるだけだが,場合によっては下記のように餌となる適当な他の微生物を混ぜることもある。ただし,この方法は,既述したように,空気中から雑菌やカビ,ときにはワムシなどの多細胞生物が混入しやすいため,培養条件は一定しない。ただし,ある程度安定すると長期間手入れなしで飼育できるようになる。あまり富栄養条件にすると混入した雑菌などが増えすぎるのでよくない。そのため,大量培養には向かない。
様々な種に適用できるが,当方では,これまでアメーバ・プロテウス(米粒とキロモナスで培養)やスピロストマム(米粒にミズカビがついた条件が最適),あるいはユープロテス(米粒+テトラヒメナ等)などの飼育に用いた経験がある。しかし,上記のように常にうまくいくとはかぎらない。しかし,中にはスピロストマムのようにこれ以外に適当な培養法がみあたらないものもいる。
キナコ培養
キナコ 1 g を 1 リットルの脱イオン水(または後述するドリル氏液)に入れて,かき混ぜた後,その上澄みをガーゼで漉し取る。大きな顆粒はガーゼに残るが,細かなものはガーゼを通過して濾過液に混じってくる。この方法は,それらの固形物から少しずつ溶け出す養分でバクテリア(もしくはその他の餌用微生物)が増え,それを食べて原生生物が長期間維持できることを狙っている。濾過液をフラスコに適量入れ,滅菌せずに原生生物の培養用として使用する。
これは後述する滅菌してから行うキナコ上澄培養とは異なるので注意してほしい。後述する滅菌キナコ上澄培養では,加圧滅菌処理の過程でダイズの固形成分から養分が抽出されるため,培養液はかなりの富栄養状態になる。このため接種したバクテリアがいっきに増えるので,それを餌とする原生生物細胞も急速に増える。しかし,餌がなくなると急速に飢餓状態になるので,長期間手を加えずに培養を維持することはできない。一方,未滅菌の場合は,固形成分から栄養分が徐々に溶出してくるので,バクテリア,原生生物ともに急速に増えないかわりに,長期間手を加えずに培養を維持することができる。(ただし,雑菌の混入,空中からの胞子による鞭毛虫などの混入は避けられない。雑菌が混入しても富栄養ではないので極端に培養が汚れることはないが・・・)
カロリーメイト,ハイポネックスなど
近年は,これらの市販品を利用した培養も試みられている。いずれも材料が入手しやすいのと,あらかじめ必要な栄養素がセットされているので手間がかからない,というのが利点である。カロリーメイトはゾウリムシの培養などに,ハイポネックスなどは植物系の鞭毛虫などの培養?に利用されている(情報不足)。(ただし,これら固有の「商品」を栄養源として利用した場合,万が一それらが製造中止になると,以後の入手が不可能になるという問題がある。)
実験用には生理条件がそろった細胞がたくさん必要になる場合が多い。そのためには,富栄養で,かつ,培養条件が一定になるように雑菌等の混入を防いで培養しなければならない。これに合うのが,栄養源としては液体培地であり,それらの滅菌処理は欠かすことができない。c. 原生生物の培養・その他に関する解説書
基本的には,1) 培地を滅菌した後,餌となるバクテリアを接種し,それを原生生物に与える方法(二員培養;二者培養)と,2) 原生生物側も完全に除菌した上で,無菌条件下で培養する方法(無菌培養),の2種類がある。前者は培養を継続している間に,雑菌が混入しても混入したことがわかりにくく,知らない間に多くの雑菌が混入してしまう恐れがある。一方,後者は細菌やカビが混入すれば一目瞭然なのでそのようなものは廃棄してしまえばよい。そのため,常に一定条件で培養ができるのが利点である。ただし,野外での生育条件とは大きく異なっていることには注意しなければならない。多くの場合,細胞密度は無菌培養の方が高い(常にそうとはかぎらないが)ので大量培養に適している。しかし,残念ながら簡単に無菌培養へ移行できる生物種は少ない。(ゾウリムシなどは無菌培養は可能だが,容易ではない。)
[ 培養液の種類 ]
(具体的な作成法については次頁の各種文献を参照。また,ここに示したものは多くはゾウリムシなどの繊毛虫用である。他の原生生物については文献を参照。)
レタスジュース
ゾウリムシ(Paramecium caudatum)の培養に長年利用されている。新鮮な葉レタスから作る。手間がかかる上,コストも高い。ジュース原液は3日間の間欠滅菌を行った後,冷暗所保存する。原液をドリル氏液(後述)で希釈したものを滅菌し,使用する前日に餌となるバクテリア(Klebsiella pneumoniae)を接種する。原液だけでなく餌バクテリアを移植する前から濁っているので,使用前のコンタミ(雑菌の混入)の有無が判断しにくい。(作り方:下記の文献参照)
アカエンドウマメ
筆者(月井雄二)の考案によるレタスジュース培養の変法。マメの値段が安価なので経済的。乾物なので一度に大量購入して長期間保管できる。オートクレーブ(加圧滅菌;120℃, 20分)ができるので原液の作成・保存が楽(室温保存)。また,原液を希釈して滅菌した培養液は透明なので,使用前のコンタミの有無が容易に確認できる。
作り方:(詳しくは3.参考で紹介している)マメ20gを800mlの水にいれ,エタノールに溶かした5mg/mlのスティグマステロールを4ml加える。これを滅菌し原液として室温保存。使用の際は,上澄みを8枚位重ねたガーゼを通して瀘過,水を加えてもとの800mlに調整する。その100mlに水,ドリル氏原液を加え滅菌する(後は,使用時まで室温保存)。滅菌前は懸濁しているが,ドリル氏液とともに滅菌すると茶褐色の透明な液体になる。これにバクテリアが入って増殖すると濁ってくる。従って,使用前のコンタミ(comtamination;雑菌の混入)の有無が容易に確認できる。使用前日に餌のバクテリアと塩化カルシウムを加え,一晩培養する。
キナコ上澄
レタスジュースの替わりにキナコの懸濁液を用いる。材料が簡単に入手できるのが利点。ただし,キナコは脂質が多いため細胞内に顆粒が増え,細胞質が不透明になる。分裂速度,細胞密度,接合型活性はレタス,アカエンドウなどと同様。
作り方:キナコ1gを1000mlの水にけん濁させる。しばらく静置した後,沈澱ができるだけ混じらないようにして上澄みをガーゼに通し,これにドリル氏原液(後述)を加え滅菌する。使用前に餌バクテリア(Klebsiella pneumoniae)を接種し,一晩以上培養する。
上記のように滅菌キナコ培養で培養すると,細胞内顆粒が増加し,不透明になるので透過光観察の場合,細胞は黒ずんで見える。このことを応用してホモ・ヘテロ接合対の識別が可能(月井,遺伝,1993)。
セロフィル
ヒメゾウリムシ(Paramecium aurelia complex)で長年用いられてきた培養液。しかし,日本ではセロフィルは手に入りにくい(輸入品)。煮出し汁を作り使用する前日に餌となるバクテリア(Klebsiella pneumoniae)を接種する。(作り方:下記文献参照)
ワラの煮汁
基本的にはセロフィルなどと同じようにして用いる。すなわち,煮出し汁を栄養源とする。しかし,これは現在はあまり研究には使われていない。株の保存用として,長期間手入れせずに保存がきくとして採用しているところもある。
以下はゾウリムシ以外の繊毛虫(テトラヒメナ),および,光合成鞭毛虫の無菌培養液である。
PPYG培養液(テトラヒメナの無菌培養用)
試薬名 / 1 liter Proteose peptone(プロテオースペプトン;粉末) 10〜20 g Yeast extracts(酵母抽出液;粉末) 2 g Glucose(ブドウ糖) 2 g
NaOHでpH7.0付近に調整した後,適量を培養器へ入れて滅菌する。
ただし,これはタンパク質成分が多すぎるため,培養の定常期になると,テトラヒメナ自身が出す老廃物が有害な作用を及ぼして死にやすくなる。そこで,その問題を回避するために,菅井(茨城大)の変法 がある( 後述)。
酵母エキス+酢酸ナトリウム培養液
(クロロゴニウム,ミドリムシ等の無菌培養用)
試薬名 / 1 liter Yeast extract 4g Sodium acetate 1g 脱イオン水(または蒸留水) 1000ml
2N NaOHを加えてpH 6.8-7.0に調整した後,滅菌。
光をあてておけば室温でも2〜3月は維持できる。
なお,ユープロテス,アメーバ・プロテウスなど肉食性の原生生物は,上記の培養液で培養した他の原生生物をアメーバ用の塩溶液で洗浄(遠心機を用いて培養液を除去する)した後,餌として適量を与える。詳しくは,「3.参考」で紹介する。
以下のとおり。
1.原生動物細胞−医学・生物学の実験系として−
野沢義則編 講談社サイエンティフィク 1981
2.遺伝学実験法講座3 微生物遺伝学実験法
石川辰夫責任編集 共立出版 1982
3.実験生物学講座1生物材料調製法
江上信雄,勝見允行編 丸善 1982
4.原生動物の観察と実験法
重中義信監修 共立出版 1988
前ページ | 目 次 | 次ページ