科学とインターネット
ネットワーク上の学術情報を評価しバックアップする社会システムの必要性 月井・木原・鵜川
← MENU : NEXT →

要 旨

 我々(月井・木原・鵜川)は,試験研究「生物分類情報の広域データベース化とそのネットワークにおける利用システムの開発」(1995-1996)により,日本産アリ類,および原生生物に関する様々な情報を広域データベース化しネットワークで公開する活動を行なってきた。現在までに,アリ類については258種の模式標本の画像(約1000枚)と分類学的記載データを,原生生物については,4600枚以上の画像データと各生物種(420種以上)の分類情報をデータベース化した(1998.2現在)。また,ネットワーク公開と同時に,各々のCD-ROMを作り,一般への無償配布(一部有料)も行なっている。CD-ROMはすでに累計7000枚を配布済みで,ひき続き「アリ類」についてはその英語版を,「原生生物」についてはデータを大幅に追加・更新した第3版(大型画像を除いたCD-ROMと完全版のDVD-ROM)をそれぞれ製作し一般に配布する準備を進めている。また,今年からは総合研究大学院大学を中核機関とする「生物形態資料画像データベース」プロジェクト(研究計画3年)にも参加して他の様々な生物の画像データベース作成・公開に協力している。

 以上のような活動を続ける過程で,ネットワークを学術情報の発信・公開のための媒体として利用するには,以下に紹介する公開された情報の学術的価値を評価し保存する社会システムを構築する必要があることに気付いた。

 いうまでもないことだが,研究者は,自分が産み出した学術情報(発見や考え)をより多くの人々に知ってもらう(すなわち情報発信する)ために日々努力を重ねている。これまでは,そのための情報媒体として,主として印刷メディアが利用されてきた。しかし,近年になって登場したインターネットは,現在1億人近い利用者を抱え,そこでの情報の伝達効率や反響の即時性を考えると,印刷メディアをはるかに上回る情報発信機能をもつといえる。したがって,これを利用して情報を発信し自らの存在をアピールすれば,研究競争の上で優位に立てるはずである。また,科学全体からみても,ネットワーク上で情報を公開することは,様々な点で研究・教育環境を向上させると期待できる。

 以上のように考えると,研究者によるネットワーク上での情報発信が盛んになってしかるべきなのだが,現実は期待するほど盛んではない。これは何故だろうか?
 考えられる理由としては,多くの研究者が,まだインターネット上での情報発信に馴染んでいないということもあるだろう。だが,一番の問題は,評価とバックアップ体制の欠如にあると思われる。印刷媒体上で学術情報が公開される際には,多くの場合,事前に内容の評価が行なわれ,学術的価値の認められたもののみが掲載される(そしてそれは研究者の"業績"となる)。また,出版された学術情報は大学図書館等で恒久的に保存されることで,研究の継続性が保証されている。これらの社会システムはいずれも学術研究には必要不可欠のものである。しかし,ネット上で公開される学術情報については,いまだそのようなしくみは存在しない(例外がDNAデータバンク)。
 DNAデータバンクの場合は,公的な機関が収集したデータの公開と保存を同時に行なっているので,当面は問題ないだろう。しかし,他の学術情報の場合は,情報公開を研究者・研究グループが自発的に行なうのはよいとしても,そのような個人ないしグループに,データの恒久的な保存まで期待するのは無理である。実際,インターネット上で公開される情報の多くは,学術的であると否とに関わらず,いつのまにかなくなっていることが多い(平均40日で消失するという調査結果もある)。また,消失しなくとも,研究の進展にともないデータが更新されることは当然ありえるが,更新されてしまうと,出版物の場合のように学術資料として引用できなくなるという問題も起こる。
 そこで,今後必要になるのは,それらの分散したサーバ上で公開されている学術情報を定期的に収集しバックアップするシステムである。これは現在すでにあるサーチエンジンの機能をそのまま利用すればよく,技術的にはすでに十分可能である。ただし,ネット上にあるデータは玉石混交であり,学術的価値のあるデータはごく一部でしかない。そこで,公開されたデータの中から学術的価値のあるものを選び出し(=評価),それらのみを定期的にバックアップする必要がある。そのような評価と保存の作業を行なう公的機関の設置が望まれるが,幸い我々は,今年,科学技術振興事業団(JST)が「平成9年度 科学技術振興調整費による知的基盤整備推進制度」の新規課題として計画した「生物系研究資材のデータベース化及びネットワークシステム構築のための基盤的研究開発」(研究計画5年)という長い名前のプロジェクトへ参加することになった。「生物系研究資材・・」の中での我々の分担テーマは「研究資材情報発信のためのWWWサーバ構築サポートシステムに関する研究」となっているが,我々としては,この研究を上記の評価と保存のシステム作りの足掛かりにしたいと考えている。


← PREV : NEXT →